大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成2年(行ケ)83号 判決

横浜市緑区すすき野三丁目三番地

三-一五-一〇四

原告

杉山賢一

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官

植松敏

右指定代理人通商産業技官

岡本利郎

川島利和

田中久喬

同 通商産業事務官

土屋治

"

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和六三年審判第七三七七号事件について平成二年二月一日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文第一、二項同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続きの経緯

原告は、昭和五五年六月二五日、名称を「複加熱式熱気浴室」とする考案(以下「本願考案」という。)について、実用新案登録出願(昭和五五年実用新案登録願第八八一二〇号)をしたところ、昭和六三年二月二六日拒絶査定を受けたので、同年五月二日審判を請求し、昭和六三年審判第七三七七号事件として審理された結果、平成二年二月一日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年三月一〇日原告に送達された。

二  本願考案の要旨

人体のほぼ全部を収容できる以上の大きさの空間を有する密閉またはほぼ密閉可能の室、函などの中空体と該中空体内の人体に熱エネルギーを供給する熱源装置とを組合せてなる熱気浴装置に於て、熱線すなわち赤外線波長域電磁波(単に赤外線ともいう)を発生照射して人体に熱エネルギー供給をなす熱線発生機構と該中空体内空気に人為的な特別の流動を促がす運動エネルギー及び温度上昇のための熱エネルギーとの両エネルギーをあたえ強制圧送して人体に熱エネルギーを供給する電気式熱気強制圧送循環機構との両種の機構を併用それぞれの機能を複合して熱源装置となしたることを特徴とする熱気浴装置(別紙図面参照)。

三  審決の理由の要点

1  本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。

2  これに対し、昭和五二年実用新案出願公告第四四二一〇号公報(以下「引用例」という。)には、サウナ風呂本体の後方下部に、対流用ヒーターと背面に反射板を有する足元照射用ヒーターを設けた加熱装置を配設してなるサウナ風呂が記載されており、ヒーターとして赤外線ヒーターを用いる旨の記載もある。

3  そこで、本願考案と引用例記載の考案とを対比検討すると、両者は、サウナ本体に、熱線照射用ヒーターと熱空気循環用ヒーターの2種類の加熱機構による加熱装置を備えたサウナ風呂である点で一致しており、熱線として赤外線を利用する点においても変わるところがない。ただ、本願発明においては、熱空気の循環を強制的に圧送するのに対して、引用例記載の考案においては自然対流による点で両者は互に相違する。

ところで、一般に熱空気循環型サウナにおいて、循環をフアンモーターにより強制的に行なうことは周知の技術であるから、引用例記載の考案において対流用ヒーターによつて暖められた空気を強制的に圧送する程度のことは、当業者ならば格別創意を要することではなく、また、それによつて、予測できないすぐれた効果を奏したとも認められない。

してみると、本願考案は、引用例に記載の技術に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものというべきであるから、実用新案法第三条第二項の規定により実用新案登録を受けることができないものである。

四  審決の取消事由

引用例には審決認定の技術的事項が記載されていること、本願考案と引用例記載の考案との一致点及び相違点についての審決の認定並びに熱空気循環型サウナにおいて、循環をフアンモーターにより強制的に行うことは本件出願前周知の技術であることは認める。

しかしながら、審決は、相違点の判断に当たり、本願考案の技術内容を誤認した結果、本願考案は引用例に記載の技術に基づいて当業者がきわめて容易に考案することができたものであると誤つて判断したものであるから、違法であつて、取り消しを免れない。

すなわち、本願考案は、サウナ室内の温度分布を意図的に調整設定するとともに、入浴中の人体内の代謝活動亢進に伴い、体内に発生する代謝熱増加を原因とする体温異常上昇を防止するため、入浴者身体表面を乾燥した空気が適当な速度をもつて流過することによつて入浴者の発汗蒸発作用を促進させる必要があることに思いを致し、右課題を解決するべく、電気式強制循環機構を設けて熱空気の循環を強制的に圧送したものであり、本願考案は、右構成を採用したことにより、上高下低になりがちなサウナ室内の温度分布が改善されるとともに、発汗蒸発による体温調節機能が促進され、安全で快適な熱気浴が実現されるという格別な作用効果を奏するのである。したがつて、一般に空気循環型サウナにおいて循環をフアンモーターにより強制的に行うことが本件出願前周知の技術であるからといつて、前記技術的課題の下に、熱空気の循環を強制的に圧送するという本願考案の構成を得ることはきわめて容易なことではなく、その作用効果も予測し難いものである。

したがつて、引用例記載の考案において対流用ヒーターによつて暖められた空気を強制的に圧送することは、当業者ならば格別創意を要することではなく、それによつて予測できない優れた効果を奏したとも認められないから、本願考案は、引用例記載の考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案することができたものであるとした審決の判断は誤りである。

第三  請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

すなわち、引用例記載の考案においても、加熱空気の対流を強制的に行えば、サウナ室内の温度分布が改善されることは当業者がきわめて容易に予測できることであり、しかも原告も自認するとおり、空気循環型サウナにおいて、空気の循環をフアンモーターにより強制的に行うことは本件出願前周知の技術であるから、ヒーターによつて暖められた空気を強制的に圧送し循環させるという程度のことは、当業者にとつて格別創意を要することではない。また、原告の主張する作用効果も、その構成から当業者がきわめて容易に予測し得るものにすぎない。

第四  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願考案の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1  成立に争いのない甲第四号証(全文補正明細書)、甲第五号証(昭和六二年一月一四目付け手続補正書)によれば、本願考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、次のとおりであると認められる。

本願考案は、家庭用等に多用される熱気浴装置(いわゆるサウナ装置)に関するものである(全文補正明細書第四頁第一八行)。熱線を人体に直接照射して熱エネルギーを供給する直接与熱法による熱気浴装置は、熱源に正対する部分に多く与熱され、正対しない部分は少ないという与熱ムラがあり、また、平面に対しては均等に照射されるが、人体の如く凹凸の多い形状に対しては不均等となること、熱源に近いと人体が過熱されやすいことから、安全性のためには一定のスペースが必要となること、人体以外の箇所にも熱線が照射され、熱効率が悪いこと、入浴開始後適当な受熱総量に達するまでに時間がかかりすぎること、サウナ室内の自然対流による空気の動きは緩慢であり、身体表面の発汗蒸発作用は不十分になりがちであること等の欠点があつた(同第八頁第四行ないし第一〇頁第一五行、昭和六二年一月一四日付け手続補正書第二頁第一五行ないし第一八行)。本願考案は、これらの問題点を解決した熱気浴装置を提供することを目的として、本願考案の要旨記載のとおりの構成を採用したものである(全文補正明細書第一〇頁第一九行ないし第一一頁第六行、同第一頁第五行ないし第一六行、昭和六二年一月一四日付け手続き補正書第三頁第一行ないし第三行、同第一頁第四行ないし第九行)。

本願考案は、右構成を採用したことにより、与熱ムラをほぼ完全に無くし、適当な受熱総量に達するまでの時間を大幅に短縮し、かつ、発汗蒸発作用を促進させ、さらには熱エネルギーの再利用が図られることで経済性が改善され、またこれにより熱線発生機構のエネルギー容量低減ができたことから、装置の小型化が実現されるという作用効果を奏するものである(全文補正明細書第一一頁第六行ないし第二二行)。

2  他方、引用例には審決認定の技術的事項が記載されていること、及び本願考案と引用例記載の考案とは、サウナ本体に、熱線照射用ヒーターと熱空気循環用ヒーターの二種類の加熱機構による加熱装置を設けたサウナ風呂であり、熱線として赤外線を利用するものである点で一致し、ただ、本願考案においては、熱空気の循環を強制的に圧送するのに対し、引用例記載の考案においては自然対流によるものである点で相違するものであることは当事者間に争いがない。

3  相違点の判断について

原告は、サウナ浴において、入浴者の身体表面における発汗蒸発作用を促進することは重要なことであり、そのために熱空気の循環を強制的に圧送するという構成を得ることは当業者がきわめて容易に想到し得ることではなく、それによつて得られる作用効果も予測し得るものではない旨主張する。

しかしながら、従来の熱気浴装置において、熱空気の循環を自然対流によつていると室内の空気の動きは緩慢となり、入浴者の身体表面の発汗蒸発作用が不充分となるという問題点があつたことは前記1に認定したとおりであるところ、右課題を解決するには、加熱空気の対流を強制的に行えばよいことは当業者であれば容易に思いつくことである。そして、熱空気循環型サウナにおいて、循環をフアンモーターにより強制的に行うことが本件出願前周知の技術であることは原告の自認するところであるから、ヒーターによつて暖められたサウナ室内の空気を強制的に圧送し循環させるという本願考案の構成を得ることは、当業者にとつて格別創意を要することではない。また、右の構成を採用したことによつて、上高下低になりがちなサウナ室内の温度分布が改善され、身体表面の発汗蒸発による体温調整機能が促進されるという作用効果が奏されることも、当業者がきわめて容易に予測し得るものであると認められる。

したがつて、右相違点についての審決の判断に誤りはなく、審決に原告主張の違法は認められない。

三  よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の規定を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井俊彦 裁判官 竹田稔 裁判宮 岩田嘉彦)

第1図

〈省略〉

第2図

〈省略〉

第3図

〈省略〉

第4図

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例